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立川流同期会 立川文都 立川談春 立川志らく

  ある日、私は立川談春師の地方公演に同行し、神社に奉納されていた絵馬の文字だけを頼りに幻の落語家「三遊亭栄橋」を探してきました。移動の電車の中で、師を含め色んな人とあーだこーだ推理するのがとても楽しかった・・・。

夢でした。夢なので、春風亭が三遊亭になってました。起きた時、「これみんな夢?!」と吉朝風に自分を突っ込んでしまいました。

 開演30分前、すでにロビーでは談春師が新発売のファン雑誌(エンタクシー)にサイン入れ作業をしていました。隣で志らく師が談春師の文章のウソ部分に赤線を入れて、はいませんでした。残念。雑誌を買う時、師匠はサインをしながら「握手はやめとこう」と独り言を言っていたので握手を求めずにいたら、後から来た客は皆握手してもらっていました。申告制になったとのこと。少し文都師の気持が分かった気がしました。

 一番手は誰なんでしょうか。ロビーで着物を着ていたのでもしやと思ったら、やはり談春師が初っ端でした。そういえば、以前の志らく志の輔との三人会でもじゃんけんに勝って最初にやり逃げをしていました。そのときも、絶対じゃんけんに勝つという計算で最初に高座に上がるつもりだったそうです。今回も自分に有利なように計略したに違いない。

 文都、談春、志らく、あと他界したむらくさん4人同時に二つ目に上がってから今年で20周年なんだそうです。確かに昭和63年のひな祭りに二つ目昇進とプロフィールにありますが、「私の記憶が正しければ59年で昭和が終わって・・・」とか訳のわからないことをいっていました。前座時代ともかくお金がなくって、文都さんと缶コーヒーを分け合って飲んだ話や、上方落語に最初に触れたのは文都師匠からという話、志らくさんが前座のプレッシャーからか酒を一升飲んでしまう話なんかを思いつくままに話し、むらくさんのエピソードを語るつもりで話がそれてまくら終了。

 落語は時間配分からか「豊志賀の死」をやるつもりだったのが「棒だら」。すでにまくらで10分ぐらい使っちゃったしね。赤べろべろの田舎侍や、隣で田舎者をくさす江戸っ子より、今回は田舎侍に付いた芸者がなんとなく良かったです。侍の「もずのくつばす!」というわけの分からない言葉に対して思考が停止してしまった姉さん芸者が妹芸者のみーちゃん、はーちゃんに「ね、勉強になるでしょ?」とごまかす様がおもしろい。田舎もんがどうの、江戸っ子がどうのと理屈をこねず、ただ変な人間が変なことをするというだけになっている談春師が私は好みです。

 次に登場したは、にぎわい座と同じ着物の志らく師匠。「3人の中で一番先に真打になったのは私です。」「二人の兄さんには私は色々教えました。文都兄さんには芝居を教え、談春兄さんには人生を教えました。後女の口説き方。」うれしそうに自慢する師匠が私は好きです。最後に久間防衛大臣を送る歌「行け行け久間」を唄いまくら終了。

 落語はシネマ落語、「たまや~天国から来たチャンピオン」でした。落語としてよく練れているので、映画を知らなくても十分楽しめる志らく師匠の傑作です。江戸両国の花火と恋物語をうまく絡ませた胸キュン話は他の二人には出来ない、志らくオリジナルなので、こういう会にはとてもふさわしい話でしょう。志らく師が作りだした「アゥ!アゥアゥアゥ」と鼻をこすまくりシャウトする江戸っ子の躍動する姿が、映画を見ているように脳みそスクリーンに浮かぶ師匠の演出のうまさに酔いました。何度も見ていますが、昨日は一番の出来でした。「そいつは俺」という台詞はうまいなあ。思い出しても、グッと来ちゃった。

 仲入りをはさんで、いよいよお楽しみの鼎談が始まりました。内容は今も昔もとんでもない弟弟子二人に文都師匠が苦しめられているということです。以前講談社から出た「談志が死んだ」での鼎談とかぶることも多かったのですが、3人が送り込まれた戸塚ヨットスクールでは、大変ひっくり返りやすいボートを使用していて、それを必死に乗りこなそうとしていた様を、文都師匠が扇子をヨットの帆に見立て臨場感たっぷりに再現してくれたのがとても面白かったです。その噺の前までは落ち着いていた師匠が、やおら興奮気味にまさにヨットに乗っているが如く話す姿に、ヨットスクールでの体験の凄まじさを感じさせてくれました。談春師がこの時良い事を言いました。「文都の一人吹き戻し」

 3人の中で志らく師が父親の病気を理由にすぐに脱出してしまい、代わりにまた文都師が行かなくてはならなくなったのは有名な話で「お前が行かへんからわしが行ったんやないかい」と 思わず叫んだ文都師。お気の毒に。

 まだある。家元の着た着物を志らく師は干さずに閉まってしまいカビが生えてしまった。家元はそれを知らずにその着物を独演会に持って来てしまう。会場の楽屋で談春師はカビが生えている着物を見てびっくり、絶対怒られると思い、風呂敷で着物を隠し楽屋を出て文都師に「兄さん、家元が呼んでます」と兄弟子に怒られ役を押し付けてしまいました。間が悪いことに、その会はテレビの取材が入っていて、テレビの前だとことさらひどく怒る家元に烈火のごとく叱られてしまった文都師匠。お気の毒に。しかも志らく師と談春師はどっちがどうしたとお互いの責任の押し付け合いで、文都兄さんに謝ろうとはしないのでした。談春師に「お前が兄弟子でなくてほんと良かったわ」と言う文都師の言葉はもっともだーもっともだ。全くこの2人の弟弟子は悪い。いきなり冒頭から「文都兄さんが一番良い着物を着ているけど、近くから見ると耳無し芳一みたい」ヨットスクールの話のとき文都師の近くに寄ってきた志らく師は「近くで見たらガンジーみたい」

 ぜんぜんまとまらない鼎談は、トリの文都師が着替えに引っ込み一応終わり、(談春師の頭を引っぱたいて帰って行った。)志らく師と談春師の二人きり。これは立川ボーイズ以来あまり無いことです。何を喋ったら良いのか迷ったのか、志らく師に話を振りながら自分ばかりべらべら喋る談春師に「何が言いたいのかぜんぜん分からない。」それでもやまないので仕舞いに「うるせぇよ!」 これだけ書くと険悪だったみたいですがそうでもないのが不思議な仲。志らく師のほうが談春師より大人に見えました。「三人は別に仲が良いのと違うんです」という文都師の言葉が示すように、仲良しクラブじゃない複雑な、愛憎入り混じった立川流の人間関係の一端を覗けた気がしてとても興味深い鼎談でした。

 そして取りは一番の兄弟子文都師匠。空港の税関で本物と偽物の見分け方の話からなぜか千両みかんへ。赤物問屋と呼ばれる果物専門問屋の蔵の中から、たった一つ見つけ出されたみかんを「若旦はんに食べさせてあげてくんなはれ」とただくれようとするくだりがあるのにびっくりしました。鼎談で体力を大量に奪われたのか、ちょっと最後息切れしていたようですが、しっとりとした良い高座でした。文都師匠は落語が上手いのだから、もっと売り込んだら良いのになーと改めて思いました。

 皆で仲良く無き師匠を胸に頑張ろうという吉朝一門もあり、まるでイスラム教徒のような談志一門もあり、そのどちらもとても面白く、まだまだ落語界から目が離せないのでした。

 立川談春 「棒だら」

 立川志らく 「たまや~天国から来たチャンピオン」

 仲入り

 鼎談 「立川文都 立川談春 立川志らく」

 立川文都 「千両みかん」

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コメント

 こんばんは。この会で初めて志らく師匠の高座を拝聴し、気になる噺家さんのひとりになりました。ものすごく素敵だった〜!仕事で疲れ果てていたのですが、はいつくばってでも行ってよかったです、ほんとにー。
 記事を読ませていただきながら、あの楽しい夕べが思い出されてなんだかホクホクな気分です。楽しい記事をありがとうございます〜!

む~ちょさま

書き込み大変ありがとうございます。本当にあの会での志らく師匠の落語は素敵でしたね。志らく師匠は他にも面白くて良い落語がたくさんあるので、ぜひまた見に行ってみてください。そしてかわら版の表紙にしてくださーい。

投稿: む〜ちょ | 2007年7月12日 (木) 21時08分

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