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柳家喬太郎勉強会 横浜にぎわい座

 昨日は押しも押されぬ人気者の喬太郎師が勉強会と称しさらに精進しようという会へ行ってきました。

 まずは開口一番に喬四郎さんが出ました。酷い。惨い。えもいわれぬ酷さでなんと40分も使ってしまった。つまらない身の上話を素人口調でえんえん聴かされるこの苦痛。入場料の何割かはこの人に支払われると思うと憎らしくて仕方が無い。自分のことなどどーでも良いとか、何を言われても気にしないとか開き直り的な台詞が多いのがさらに腹が立つのである。開き直りが許されるレベルじゃないのである。洒落になっていないから本当にとっとと落語をやって降りていただきたい。基本的に話が出来ない人間を二つ目にあげる落語協会の致命的な構造欠陥にも腹が立つ。自分は客に話をしてお金をいただくプロなんだという自覚がまるで無い。兄弟子にくっついて分け前を貰っていればそれで良いと甘えているのではないだろうか。以前に何度か見たことがあるが、当時と話の内容は少しも向上していないのに、平然とぐだぐだ話し続けられる図々しさだけが際立ってきて目も当てられない。落語家に憧れて、自分の話しで笑いを取りたいと本当に願っていて、それを誇りに思っていたらあんな会話や台詞が出るはずが無い。あんな素人になめられている落語がかわいそうで仕方が無い。つまらない芸人がテレビに出たとしても、当人がスポイルされていくだけでテレビは残るが、つまらない噺家が増えると当人がスポイルされるんじゃなくて落語界そのものが世間から見放されてしまうのである。

 

ドーナツ屋でバラエティセットを頼んだら、たまたま自分の嫌いなものが入っていてもそれは仕方が無いと諦められるが、柳家喬太郎勉強会と称しておいて、駄目な二つ目が40分も占有するのを仕方ないと思えるかというと辛いところである。弟思いの喬太郎師は必ず誰かしら連れて来るとは思っていたが、せめて喬太郎師と同じぐらい精進する気持ちがある者を連れてきてほしいと思います。お客様に甘えさせていただく会と師匠は仰っていたが、駄目な弟をも全部引き受けろというのは客に負担が多すぎる。勉強会ならちゃんと勉強してほしい。

 すっかりぐったりしてしまった頃、やっとそそくさと喬太郎師が高座に上がりました。まくらを振る時間なんてもうないので、勉強させていただくという基本的な話だけで「蒟蒻問答」へ入りました。それでも弟弟子に勤めて平静を保ちつつ「落語のようなもの」「ずっと二つ目」「あーいうのが好きだというお客もいますが、それは芸ではなくて洗脳」「兄さん!こんなに長くやっちゃって申し訳ない!って顔面蒼白で言ってくれればこっちも短く・・・」って言うことは、彼は平然としてるんですね・・・。

 あまりにダメージが酷くて蒟蒻問答についてたいした感慨が沸きません。喬太郎師なりのふくらみがまだ無いベーシックな落語でした。寺男の権助には面白い芽がありそうでしたが。

 仲入り後、めくりにはもう一人の弟弟子の名前があったようですがその人がやる時間など当然無く、喬太郎師が続けて登場。思わず人に勧めたくなるほど酷い蕎麦屋やうどんやの話をしてから「うどんや」へ。ちなみに喬四郎さんの酷さは抹殺したい酷さです。

 寒い夜、うどんやが街を流すといろんな人に会うというだけの噺だからこそ、夜の街の空気や、うどんやから昇る湯気や風情を出すのがとても重要で難しい噺です。師匠は出会った人達との会話をじっくり描くことによって全体的に暖かい色合いの一席に仕立てていました。うどんをたくさん頼んでくれるかしらと期待たっぷりな表情をするところがとても良かったなあ。人物描写とともに、夜の江戸が見えるようにもしなったら最強になると思いました。

 ※ 喬四郎さんが出てくる前、ずんずんが忙しいのか会場を出て行き、終わり近くに帰ってきました。この苦行を予期していたのだろうか?だとしたらさすがだ。

 柳家喬四郎   どーでもいい

 柳家喬太郎  「蒟蒻問答」

 仲入り

 柳家喬太郎  「うどんや」

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