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立川談志独演会 三鷹市公会堂

 土曜日は、談志家元の独演会へ行って来ました。渾身の高座がすばらしかったです。

 「つるつる」

 「かぼちゃ屋」

 今回はことのほか体が辛そうでした。しかし、ここ数年は辛いといいながらもすばらしい高座を続けていたので、今日は芝浜?と期待していたのですが、多大な希望が申し訳なかったと思うぐらい疲弊していました。

 それでも、自分の調子を計るかのようにもう古いジョークとして旧ソ連ネタを何個か披露して声が出るかどうか確かめていました。世の中がつまらないからもう死にたいと言いつつ、ジョークに出てくるフレーズ、モチーフが現代ではもう古い、中途半端なんじゃないかと新しいものを追求する姿勢も衰えてはなく、家元は本当はもっともっと生きて落語を追求したいんだろうと思うと、なんともいえない気持ちになりました。家元の死にたい発言に、普段落語を見ない人達は事情が判らずジョークだと思って笑っていました。笑うなーとムカッとしつつ、客が皆しんみりしてしまったらそれはそれで家元も困るだろうとますます複雑でした。

 つるつるは、幇間の一八が片思いしていた芸者から思いがけず、所帯を持とうと告白を受けて幸せの絶頂になるも、そこは幇間の悲しさで馴染みの旦那との付き合いを優先してしまい愛を失いそうになる噺です。落語の幇間は、山から突き落とされたり、針を打たれたり、家が焼けたりいつも悲しい。

 家元が語る一八も方々によいしょする様に悲しさがにじみます。ですが、岡惚れも三年経てば情人(いろ)になりの例えで「お前さんが一番親切だから」と真心が通じて、叫び声をあげて喜びを表現する一八はとても生き生きして躍動感がありました。いや、全編一八はどこか居残りの佐平次を思わせるように右へ左に動き回り幇間としての人生を生きていて、その生き様を丁寧にじっくりと描き出すということが、家元の今回やりたかったことなんではないかと見ていて伝わってきました。筋からすると盛り上がらないし、やっぱり一八は可哀想でしたという流れになるところを、一八という人間をしっかり描くことによって今までの幇間に対する考えを変えようというものなのでしょう。

 馴染みの旦那も、ありきたりの芸人を使い捨てる人ではなく、一八の恋の成就を応援してくれて、一八が寝過ごして芸者との恋をしくじったと知ると「一八は悪くない。酒を飲ませた俺が悪いんだとあいつに言ってやるから」と心強いフォローを約束してくれる出来た人物になっていて、ただの陰気な噺をドラマスティックにしていました。一八を、旦那に潰されたんじゃなくて、自分のドジで寝過ごしたにしてあるのも、人間は欠点を多く背負った業の生き物だという家元の深い考察からなんでしょうね。

 声量が減った、声がかすれるということで、家元が求めるニュアンスというところではだいぶ苦労があったと思いますが、それを補って余りある内容、技術、気迫に衰えはなく、とても見ごたえがあるもので、すばらしい高座でした。サゲは、旦那にお詫びの気持ちを示すために坊主にしろといわれツルツルの頭にした一八が旦那に「そういえば、これはつるつるという噺でしたよね?げいしゃのへやにひもでつるつると・・・」(笑)「お前の頭がつるつるだかそれが落ちだ。おしまい」 幕が下りるとき、立ち上がろうとする家元が酷く苦痛に満ちた表情で、だいぶ足も弱っているようでした。後に友人が糖尿病も酷いのかもといっていました。

 一席目が気迫充分だったから、二席目は出来るのかしらと思っていたら家元はなんと「かぼちゃ屋」を始めました。これがまたいい具合に軽くて、無駄が無くてよかったです。与太郎の台詞がいちいち面白い。お前は毎日何やってるんだという質問に「花や蝶を愛でている」バカだと罵れば「与太郎だと思って見くびってもらっちゃ困る」かぼちゃ屋をやれといえば「おじさん、道具屋で懲りたんじゃないの?」かぼちゃを売りに路地にはまり込み、天秤で長屋の格子をがりがりしてしまい家人に殴られそうになると「ポカポカパチパチポカポカパチパチ」(つるつるで一八が1つ殴られるたびに一円貰える遊びをしていた時のしぐさ。パチはそろばんをはじく音)かぼちゃを元値で売ってしまって儲けがなかったのを見て「後一両二分と八百」(大工調べで与太郎が溜めた店賃)

 くすぐりを随所に入れながら、それでいて見事に無駄がそぎ落とされた、シンプルな笑いが凝縮したかぼちゃ屋でした。

 「芸人は舞台の上で死ねれば本望だっていうけど、誰がこんな小汚いところで死ねるか!」とちょっと心強い挨拶が終わり幕が下がり、客が帰ろうとしたときまた幕が開きました。そこには立ち上がりがたく床に手をつく家元がいました。「未練です」という家元に「かっこいい!」と客の一人が声をかけました。がんばれ!より良い台詞ですね。「ありがとう」と家元は答え改めて幕が降りました。

 声が出ないから、台詞が出ないから衰えた、もう駄目だとという短絡的な意見が、談志には当てはまらない。それは私がファンだから何でも良いのだと思っているわけじゃありません。病と老いを得た談志がそれをも取り込んで今までとまた違う落語を創造していっています。この落語との格闘の闘志がなくならないうちは、談志は談志のままなのです。 

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