立川談笑月例独演会 お江戸日本橋亭
毎月の恒例行事、立川談所師匠の独演会へ行ってきました。座布団スペースが毎月少しずつ少なくなっていく分だけ、談笑さんの人気が上がってきていると実感いたす今日この頃。
志らく師、談春師が相次いで親子会という形で談志イズムの正当な継承者であることを世に強く印象付けている立川流ですが、今回は、志の輔、志らく、談春に続く第四の男として立川談笑が自ら名乗りを上げたという印象を受ける会でした。北斗の拳でいえばケンシロウだね。
不精歯科
たがや
鉄拐
今回のまくらは、家元と一門会で仙台に行っていた時に件の地震に遭遇し、ホテルの家元の部屋のテレビが落ちた話や、(枕元のじゃなかった笑)世の中の禁煙の動きやナイフの規制はおかしいと言う話(機動隊の装甲車を装備が物々しい幼稚園バスと形容したのは大爆笑。)など盛りだくさんでした。一番面白かったのは、談幸師匠、談春師匠が続けざまに師匠との日々について書き綴った本を出したことで、思わぬところから又師匠からの試練を味わっているという、どこまでも立川流らしい話。売れに売れている赤めだかを書評で褒めた談四楼師匠までとばっちりを受けるという思わぬ広がりがお気の毒ながらおかしすぎ。 赤めだかでいうところの「悪女みたいな談志」に振り回されるのは、地獄であり天国なんだろうな。同じ弟子である談笑さん的には、どちらの本もあーそうそうだよととても合点できる本だったらしいけれど、師匠の心弟子知らずですね。
そして、談志師匠は、もう充分偉大な業績を残したのだからこれからはゆっくりしてくれて、気が向いたときに話をしてくれるようになってくれたら良い、芸はしっかり弟子たちが引き継いでいくからという師匠を労わる話がとても切なかった。
芸を引き継ぐといってからこのネタはやりずらいと苦笑しながらはじめたのは「不精歯科」
現代人にとって、不精床と同じぐらい不精だったら怖そうなところといえば歯医者!ということで、ある男が突如歯が痛くなり急いで飛び込んだ歯医者が、階段の踊り場で犬の死体が転がっていようという、恐ろしげな雑居ビル。壁に書かれた落書きもハングル文字だったりして。恐る恐る入ってみると「押し売りか!?トーテムポールなら間に合ってるぞ!」とわけの分からない言葉で怒鳴られる。(笑)やっと客と分かってもらったら「なんだ客か!客だったら客らしくしろ!俺が騎兵隊だったら撃たれてるぞ!」ますます意味が分からない。
元大工だったというこの医者は、マキタの電動ドリルで歯を削ろうとするし、口も開いていないのに頬に穴を開けようとするし、間違えて頬に「SEX」て刺青彫っちゃうし(副業でタトゥーもやっているらしい)恐ろしいこと限りない。口をゆすげと出てきたのが汚い水が溜まってボウフラが浮いてるタライで「ここだけ古典なの?」(笑)どうしても水道水がいいとごねると南蒲田の天然水(雨水)を使えと言う。ビルの貯水タンクから流れる水道水は、この前タンクから死体が出たから止めたほうが良いだって。「もちろん犯人は俺」(笑)
ともかく不精だから手もろくに洗ってなく、歯に詰ってた肉をつまんで食っちゃう!!「これは昇竜軒の豚肉だな」とか言いながらストリートファイター2の昇竜拳のポーズ。恐ろしい。古典では耳をかみそりで落とされちゃってという怖さだけれど、現代は汚い手から血液感染でとんでもない病を引き受ける恐怖があるのだということを教えていただきました。
ドリルが駄目となると又違う大工道具で「あ、間違えた」と悪くもない歯をどんどん抜いちゃって「これで見晴らしが良くなった」(笑)抜いた次は型を取るからと現れた歯科衛生士は、梅毒が頭に回ってパーになっちゃった元娼婦のお婆さん。ちょっと白鳥がやるばばあチックなそのばあさんが「型を取りますから、これを噛んでくだしゃい」というから噛んだらやたらやわらかく「ばばあのおっぱいじゃねえか!」に爆笑。最終的に全部の歯を抜かれてしまった男に「心配するな、この歯で立派な総入れ歯が出来る」(だったかな)でサゲ。場末のアナーキーさを存分に味わえる談笑さんらしい一席でした。好きだよね場末。
二席目も聴いていると体が痛くなってくる「たがや」。
なんで花火に掛け声をかけるかというような話はしませんといきなり談笑節炸裂。私は聖蹟桜ヶ丘で丁寧に掛け声の薀蓄を語っていた談春師匠を思い出してしまいました。
談笑版のこの話は、たがやと侍のバイオレンスシーンがスローモーションで表現されているので、とても視覚的で鮮血が目の前でほとばしるかのよう。返り血で真っ赤な体で、息も荒く侍を睨みつけているたがやの後ろには大輪の花火がドーン!!陰惨ながら美しいシーンでした。しかしこの噺のサゲは、「たーがやー」では終わらないで、「みんなてめぇらが悪いんじゃねぇか!」と侍三人を切り捨てた刀で周りの町人を19万8千人を切り捨てて終わります。状況次第でたがやを応援してみたり、侍を応援したりする無責任極まりない群集へのたがやの激ギレで終わるところは、先の秋葉での惨劇の後、血のりが残る現場を嬉々として写メールしていた群集を思い出させました。
トリの一席は、私の落語友達の方がリクエストした「鉄拐」。元々談志師匠ぐらいしかやらなかったこの噺を、最近は志らく師匠がとても師匠らしくアレンジしてやっていますが、確かに談笑師匠がこれをやったらどうなるかとても気になってました。
ここから先はとても長くなるので続く・・・。
中国は上海の大貿易商上海屋唐えもんでは、毎年会社の創立記念日には何日もわたりお祭をする。【この創立記念というところに無理があると談笑さんは言ってました。いや、全部無理。】毎年中国全土から珍しい芸人を連れて来ての余興大会が最大の呼び物で、今年も上海の吉川潮か広瀬和生かというぐらい演芸に詳しい店の番頭の金兵衛さんが、芸人を探して旅に出ました。
どこをどう旅したのか、まったくよく分からないが良い匂いがして、えもいわれぬ調べが聴こえる不思議なところへ来てしまった。そこにいたのはげっそりとやせ細った不思議な老人。どうも寝ているようだ。「すいません、ここはどこですか?」起きない。もっと大きな声で話しかけると「大きな声を出すな!」とやっと対応してくれた。この時点でもう家元に似ている。
「ここはどこです?」
「ここは仙境だ」
「入船亭?」
「そうではない」(笑)
志らく師匠も使っているこのギャグは、規定演技というよりは、落語家の生理といえるギャグですね。(笑)
話を聞くとなんと八仙人の一人「鉄拐」仙人で、金兵衛さんがどんな技が出来るとか聞くと「一身分体」の術が出来ると言う。見せてくれとせがむも、人に見せるもんじゃないから駄目だと拒否。そこを何とかとなんとか拝み倒して見せてもらう。鉄拐が静かに空気を吐き出すと、なんとその中からもう一人の鉄拐が現れた!触ってみても本物と瓜二つ。
「なんでこんなことをしてるんです?」
「己で己を楽しむのだな」
「ナルシストのオ○ニー?」
「腹が立つがその通りだ」(笑)
ものすごい技に、金兵衛さんはぜひ上海に来て余興大会に出てくれと頼むが、又も拒否される。そこで「鉄拐仙人の言葉を聞いているだけで心がとても現われるようです。鉄拐仙人が里に下りてきてくれれば、きっと自殺を思いとどまる人が増えるでしょう。」とおねがいしたら、そういうことならと里に下りてくれることに。鉄拐仙人の杖につかまり、目を瞑って目を開けるとそこはもう上海屋の前。「一身分体よりこっちのほうがすごくないですか?」(笑)
上海屋についた鉄拐仙人、綺麗な水と木の実があれば良い、寝るところは汚くてもかまわないと言うことで、上海屋の物置に寝泊りすることになりました。
「木の実を持ってきてくれ」
「は~い♪」
「ナナじゃなくて!」(笑) どうもこの鉄拐仙人も志らく師匠のと同様芸能に詳しいようですね。
いよいよ余興大会の当日、もちろん鉄拐仙人はトリを取ります。
もう顔つきも体の傾きも家元そっくりにでて来た仙人
「声が出ないんです。」
「こんなことが出来るのは俺ぐらいなもん」
と仙人一流の御託を並べた後、静かに息を吐き出しました。そこからもう一人の鉄拐仙人が現われ、なんともう一人の鉄拐仙人の中に、最初の仙人がスーッと吸い込まれて消えてしまった。おおおお!会場はすごい歓声。
「良い夜をありがとう」(笑)ってまるでよみうりホールみたい。
これから鉄拐仙人は大人気、村祭に呼ばれるは寄席のトリは取るはたいへんですが、芸は一身分体これっきりなので人にはいずれ飽きられ、しかし態度はどんどんでかくなるですっかり落ち目になってしまった。ほかに仙人はいないかと寄席の席亭なんかが桃源郷に探しに行くと、仙人じゃなくて謝国権(性生活についての本を書いた人らしい)が出て来たりしたものの、なんとか仙人らしき酔っ払いの老人に遭遇。名前を聞くと
「私か?名前を度忘れしてしまった。しかし心配するな。前のお客さんが教えてくれるから」(笑)と耳を客席に向けて答えを待ってる談笑さん。私も度忘れしてしまったっていえなかったけれど、方々から「張果老!」と声がかかり、さすが月例。「桃源郷とは便利なところだな」(笑)
鉄拐になにやら恨みがあるという張果老が里に降りてきて、ふくべから馬を出すという派手な仙術を見せたから人気はあっという間にそちらに移り、ますます鉄拐先生は落ちぶれてしまい、すでに鉄拐仙人専用のマネージャーになっていた金兵衛に「今日でお別れだ」と別れを切り出す。仙境に帰るのかと聞くと「いや、山には帰らん。2500年、わしは何をやってきたのか考えてみたい」と言い残し金兵衛の元を去っていきました。しかしそれは張果老のふくべの中身を全部飲んでしまおうという汚さを隠すいい訳で、鉄拐は張果老が寝ている楽屋に忍び込み、ふくべに口を付けて飲み込んでしまおうとした瞬間、鉄拐の方がふくべの中に吸い込まれてしまった。だから、鉄拐が復活することも酔っ払いが腹から出てくることもない・・・。
何年かたったある日、ある芸能マニアが鉄拐そっくりな老人が道で寝ているのを発見した。
「もしかして鉄拐仙人じゃありませんか?見ましたよ、何年か前に。又一身分体の術を見せてくださいよ」
「いや、それは出来ない。鉄拐は消えてしまった。」
「え?じゃああなたは誰です?」
「わしは腹の中にいたもう一人の鉄拐じゃ。鉄拐は張果老のふくべの中に吸い込まれた代わりに、中身のすべてを飲み込んだ。ここは、鉄拐の腹の中だ。今のわしは鉄拐の名は捨てたただの老人としてのんびりと生きている。昔の名前を覚えていてくれてありがとう」
「今はなんていう名前なんです?」
「今か?今は松岡克由だ」
うーん、深い。おそらく「立川談志が消えてしまった」という最近の家元の言葉がキーワードになってこのようなSFのような不思議なサゲになったのでしょう。立川談志と松岡克由はまさに一身分体、分かちがたい存在のその片っ方は今どこへ・・・。この世界すべてが立川談志だという解釈は、談志ファンの心にはあまりに切ない。松岡克由となってのんびり生きている老人は、そのまま談笑さんの師匠への労わりなのでしょう。普段から諸星大二郎の中国道教物を読んでいるからか、不思議と違和感なくこのオチが腑に落ちました。
談笑さんは、もっとこの話の中に道教の思想を入れ込みたかったそうです。ひょうたんの中は空洞だから、何でも入る、宇宙までもというのは道教というか、中国の古い世界観です。ひょうたんの中の宇宙と今自分が所属する宇宙はリンクしているというか同一でもあるのです。「道教の無為自然の考えは、師匠の考えと非常に良く似ている」ともいっていっていたので、(勝手に生きるべしでしょうか?)談笑さんが話を完成させることによって、談志=鉄拐となって、落語の中で談志が永遠に生き続けることになったらとても素敵だと思いました。
終演後は、談笑さんが「この落語家を聴け!」の本を持って再登場し、この本を熱く推薦してくれました。「落語家と客と評論家というものは、本来三位一体であるべきで、どちらかというと評論家はお客代表という立場なはずなのに、今の評論家はお客から遊離しています。しかしこの本は本当の落語家の今を書いてます。たぶんこの本に対して反対する勢力も出てくると思います。戦ってますよ、この本は。」そうですよ!そうなんですよ談笑師匠!三位一体を実践してくれている談笑師匠だから私は好きなんです。
最後は著者の広瀬さんを高座に上げてにわかのサイン会で終わりました。落語界に小さな波が起きた瞬間ですね。
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