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立川談志立川談春親子会 歌舞伎座

先日は歌舞伎座へ行って来ました。当初いく予定でなかったのですが友人にチケットを譲っていただいたのですが、いって良かったと心から思いました。

(加筆しました)  

 立川談春  慶安太平記 (善達の旅立ち)

 立川談志  やかん

 中入り

 立川談春  芝浜

  

 今回の席は二階の脇の桟敷席で、花道が良く見えて歌舞伎を見るならたまらない場所でした。今回もたぶん家元は花道を歩いてくるだろうからそれが楽しみ。舞台後の大きな襖には、緑に大きく立川流の定紋三階松が染め抜かれたものがずらっと並んでいて、アドレナリンがいやがおうにも噴出するのでした。

  その舞台中央の奈落から、談志談春の師弟が並んで深々とお辞儀をしつつせりあがって来た時は感動しながらちょっと笑ってしまった。やはり気合が入った表情の談春師と、ちょっとくたびれた様子の家元が頭を上げる。自分の挨拶の後「立川流家元 立川談志です」と師匠を紹介すると、「カーッ!」と家元が奇声を上げて頭をかきむしった。驚いた談春師は「私、いきなりしくじりましたか?」(笑)自分の師匠を紹介するときはどうすればいいんですか?と家元に尋ねると「呼び捨てでいいんじゃないですか」それからは家元のトークが続き「歌舞伎座なんかたいしたところじゃない。三波春夫がここで唄ったりしてたんですよ。」小朝がここで落語をやったことにも触れると談春がすかさず「師匠、三回もやりました」(笑)体調が悪く眩暈がするということなど、「これが金玉だったら・・」と家元が言及したところで「新橋演舞場みたいにならないようにしてきたのに~」と前にのめりこむ談春師。(笑)言った言ったと私なんぞはニヤニヤガッツポーズ。 家元の発言一つ一つに、驚いたり笑ったり神妙になったりする談春師の表情と、家元の飄々とした佇まいの妙を楽しみんでみているといよいよ「北朝鮮に連れて行かれた娘のおかげでいい思いしているのがいるでしょ?拉致・・・」金玉に続きNGワードを炸裂させようというところで「師匠、そろそろ」と絶妙なタイミングで談春が割って入りおひらき。よろけながら立ち上がろうとする家元とそれを気遣う姿が拍手で送られ二人は舞台袖へ消えました。
 二人の会話の間がなんとも良かった。本当の親子とも違う、まさに師弟という特別な間柄なんですな。この晴れ舞台で良い師弟漫才を見ました。このショットを見ただけでもうこの会の7割方は成功でした。

 さすが歌舞伎座、独演会とは明らかに違う調子の鞍馬が流れまずは談春師の登場。

談春師が前座の頃、歌舞伎座近くの会を手伝いに行くため銀座に来たが、田舎もんだからまったく道が分からず迷子になり会場に電話してえらく怒られた。

「なにやってんだばかやろー!今どこにいるんだ!」

「分かりません!」

「分かりませんじゃねーだろー!ちかくになにがあるんだ!何か見えんだろ!」

「目の前にでかい銭湯があります!」(笑) 

まさかそんなところで自分が落語をやろうとは思ってなかったという話から「慶安太平記」へ。

 慶安太平記は、初演の頃から何度となく聴いていますが、聴くたびに噺と談春師がなじんで来るというか、ぴたっと合っていっていき、今回ではすっかり談春ならこの噺というぐらいのものになってきていました。ちょっと愛嬌のある善達と一癖ある飛脚の掛け合いの妙や、二人が駆け抜ける東海道の宿場の言い立ても気持ちがいい。滑稽話とはまったく違う落語の魅力を堪能しました。こういう話(誰もがカッコいいと認めるも、難しい上にあまり面白くない話 )をちゃんと受け継いだ談春という弟子がいるといるということが本当に嬉しかった

 続いて家元が花道を歩いて登場。体調が万全でないことに対して申し訳ないという雰囲気を感じる歩みで、会場の方々に視線を向け手を振ったりしていた。家元の姿をばっちり拝見できるこの席を取ってくれ、譲ってくれた友人に心から感謝です。

 「花道を歩くような芸人じゃないけどね」と言う師匠はだいぶ疲れているように見えました。「ぼーっとしてるんです、うん・・・」今思えば、談春師は持ち直したといっていたけれどあまり状態は良くなかったのだろう。とマイクを入れているが、もともとマイクが大嫌いな師匠のため最小限の音しか拾わないので二階まで正直よく聞こえない。自分の体調のことに触れながジョークへ。大体は過去に聴いたことがあるバージョンなので、多少聞き取れなかったとしても何をやったかわかるけど、歌舞伎座で大きなことをやるらしいと言ううわさだけでチケットを取ったお客たちには、元から爆笑を呼ぶ分かりやすいジョークじゃない上に聞き取れないからか受けがとても悪かった。それでも何個もジョークをふる師匠。声が出ないのだから、すぐにネタに入ればよいのにと思うべきなのか・・・・。

 7個ほどジョークを披露した後入った後は「やかん」。談志の了見が詰まった、このフレーズにしびれないなら談志は聴かないほうが良いと言ってしまってもかまわないぐらいのものです。談志がもつ高度なさまざまなテクニックを駆使できなくなった今、「これが談志です」とを提示できる落語は談志の了見で溢れた「やかん」なのだろか。

 「バカ焼きならバカ焼きでいいだろ、何で蒲焼になったの?」

 「ひっくり返さないと上手く焼けないから」で下げた。

途中「もう無理だ。代演はいねぇのか。志ん朝出て来い!」と楽屋のほうを見たりして、ここで志ん朝の名を出すことが切なかった。全体のキレは先日での三鷹の親子会のほうが良かったけれど、この大きな会場に無理をしてでも出る意味というものは伝わってきた気がしました。「マイクに頼る芸は駄目です」という言葉とともに、とても丁寧で美しいお辞儀とともに幕になりました。

 中入り後、草色の着物を着た談春師が再び登場し、一瞬笑ったと思ったら「ねぇ、起きて、起きてよ」会場が少しざわつきました。ここで芝浜?!という戸惑いでしょう。しかし、ここで芝浜が出るということは、もう家元は出てこないということなのでしょう。談春師がここで談志の代表作を始めたという喜びとともに、もう家元が見られないのだという寂しさで複雑な思いで芝浜を見ていました。

 談春師の芝浜は、家元が作り上げてきた夫婦像とだいぶ違います。精神のどん底から蘇ってくる絆を思わせるのが談志版なら、談春版のテーマはずばりラブである。家元の芝浜を聞いた後のような滂沱の涙は流れないが、「あついねえ。いつまでも仲良くやんなよ!」と声をかけたくなるようなちょいと良い夫婦なのである。今回も基本路線はそういうラブラブ夫婦なのだけれど、家元と共演しているから?当日急遽芝浜にしたから?微妙に家元の形に戻ったような、あっさりとした印象でした。台詞も一瞬考える場面もあり、ここは急遽芝浜をかけたから台詞さらっていない為であると考えるべきでしょう。

 談春師が、一席目のはじめに「今日はどうなるかまったく分からない」と言っていたように、慶安太平記のリレーも三軒長屋のリレーも不可能になり、トリの一席にはこれしかないというのが芝浜だったのでしょう。途中わずかに逡巡する場面がありながらも堂々と「談春の芝浜」を披露したと思います。

 家元がもういない歌舞伎座を、予定外の大ネタで一人で背負った重圧を乗り切ったからか、芝浜を終えた最後の挨拶の声は少し震えていました。 

 「ご期待に沿える形でなかったことは重々承知しております。でも、いろんな意味で記憶に残る会になったと思っています。家元にとっても良い会だったと信じております。本日は本当にありがとうございました。」

 パンフレットに談志・談春の師弟はそれぞれこう書いています。

「談志の終焉であります。・・・・・若い談春を見てくれ」 

「師匠の露払いをするつもりは毛頭ない」

この会は偉大な芸の、スピリッツの継承の儀式だったのでしょう。その意味では、「リレー」は行われ、(リレーの台詞は談笑師匠の言葉から)見事にバトンは渡ったのだと思います。立川談志の築き上げた偉大な落語の歴史の続きをこれからは弟子たちがつむいでいくのでしょう。そして、その瞬間を目撃できた私は幸せだと思いました。

 

 ※ この会を違う認識でご覧になりがっかりしたという真逆な意見の方もいらっしゃいます。そのことについて、ブログにコメントを寄せてくださった「佐竹」様のコメントに返信いたしました。お暇だったら読んでみてください。

 

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受信: 2008年7月 2日 (水) 07時25分

コメント

コメントは初めまして…かも?
以前からちょくちょく覗かせていただいておりました。
で、今回も続きを待ってました~!!

当日は3階席から眺めていました。
こちらのブログを拝読させていただいて、
あの時のあの味わいが甦ってきました。
ありがとうございます。

この日は家元の調子が悪く、
アテが外れた観客も当然ながらいらっしゃったでしょう。
歌舞伎座の前の東京・調布の独演会も、
一門会に変更になった案内を見て、
払い戻しているお客さんが何人かいらっしゃいました。
でも調布も今回も、私には十分です。
落語家・談志ではなく、
落語を究めんとする人間・談志を追いかけ続けていたいので。
家元のいうドキュメントを観られただけで、
来てよかった満足感……
あ、ちょっと違うかな。
一席終えて下手へ引っ込む家元の背中を目で追いつつ、
ひょっとしたら独演会はもう観られないんじゃないか――
そう思うと、ひどく切ない会でもありました。

談春は好演、いゃ快演と云えるんじゃないでしょうか。
かつて色川武大御大が
「君たちはいいよなぁ。
60代の談志が観られるんだから」
と語ったことがあったそうですが、
談春のこれからも大いに楽しみです。

投稿 よかちょろ | 2008年7月 4日 (金) 15時36分

よかちょろさんへ

 コメントを書いてくださってありがとうございます。ちょくちょく読んでいてくださったなんて感謝感激でございます。

 歌舞伎座の会は最初福田和也の仕掛けだから行きたくなかったのですが、仕掛けに乗って正解でした。

 談春はまさに快演でしたね。胸のすく慶安太平記であり、芝浜でした。
 
 家元のことを考えると切なくなりますが、本当に少し休養していただいて、いなくなってしまった談志と再会してほしいものです。
 ちなみにやっぱり45円なんですか?

投稿 comomaru | 2008年7月 5日 (土) 00時50分

志らくさんと、一緒ですね遺言。
やかんですかぁ、、らしいというか。
んーむ。まだがんばってほしい!!


うどんさま
コメントありがとうございます。
志らく師匠と遺言が一緒ですか。
先日のよみうりホールでの生志昇進の一門会
以降、しばらく休業するそうです。
しっかり休んで元気になった家元とお会いしたいですね。

投稿 うどん | 2008年7月 9日 (水) 21時43分

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