立川談春 柳家喬太郎 二人会 夜の部 関内ホール まあこんなもんだよ
昨日は、談春ファン・喬太郎ファンと主催者と落語家との温度差を感じる会へ行って来ました。
開口一番 柳家さん弥 「熊の皮」
柳家喬太郎 「純情日記横浜編」
中入り
立川談春 「三枚起請」
開口一番はさん弥さん。相変わらず落語を勝手に喋ってる。自分のレレレのおじさんに似ている風貌を武器に受けたい、笑いを取りたいという気持ちは分かりますが、だからって落語のリズム、メロディを無視して喋られてもただ耳障りなだけで、ぜんぜん甚兵衛さんらしさも見えないし。音楽家としての素養もなく訓練もしてない人がただパーパー吹き鳴らして「これは前衛です。芸術です」といったところでただでたらめなだけなんです。兄弟子が落語を好きに喋ってるからそこを真似してるつもりなんだろうけど、兄弟子とは元が違うんだということに早く気付いてください。
続いては喬太郎師匠。昼は死神をやったそうで、てことは夜は新作なんだなあと。
談春師匠との二人会でとても緊張して、今回は4回あったうちの最後だから好きに喋らせて!と言いながら、横浜にぎわい座ではお馴染みの「何で東横線は高島町駅と桜木町駅を無くしたのか!」ネタで横浜市民の共感を呼び込む。高島町駅がいかに控えめで愛おしい駅だったか、それに比べて代官山駅の高飛車振りはなんだ!という、東横線を日々利用している人でなければ分からない話から、横浜駅を牛耳ってる闇の組織があってそれは「崎陽軒」だ!と、これまた横浜駅を昔から使ってる地元民でしか分からない笑いをさそい、相鉄線と京急線の気質の違いを語りはては目蒲線にまで話は飛んでいく。
そして入った噺は「純情日記横浜編」。40を過ぎてからこれはもうやらないと何度となく言いながら、いつも最後はこれをやってしまう。でも、この噺は本当に良く出来ているし、固定電話しかなかった時代を知っている我々にはまだいけるネタであると思う。渋谷編はもうだめだと思うけど。横浜って、外からはおしゃれでデートする場所満載だと誤解されるけど、結局行くところがなくて官庁街を歩かざるを得ないという横浜市民の普遍的な悩みを見事に落語にしてくれていて、「横浜指定落語」にしてほしいぐらいであります。あ!にぎわい座でやる開港150周年でもこれ?!まあ、横浜に何の思い入れもない人にはまた古い新作でお茶を濁しやがってと思われちゃう可能性大ではあります。
キョンキョンがはじめて入った○ープランドが桜木町の「太閤」っていう店だという話をしたとき私だけがうけちゃって恥ずかしかった。横浜市民ならもっと笑おうよ。大岡川近くのあの店だよ。え?それは角海老?
中入り後は談春師匠。「皆さん、喬太郎君を本当に横浜好きと認めるんですか?」
はい、本当に横浜市民じゃないとあの話はできません(笑)横浜は、モアーズ裏の汚い屋台街や、日の出町、黄金町のいかがわしい、昭和をいつまでも引きずる姿が真実です。
師匠なりに、何とか喬太郎との二人会なんだというつながりを考えたのでしょう、純情日記を日誌と言い間違えたりしながら色々話してキョンキョンへラブコール。「本当に心優しき男はさよならが言えないんですよ」なんていって二人会は面白かった、またやりたいねという気持ちを表そうとするがやりにくそう。(笑)もっとストレートに、とても面白かったから、喬太郎の落語をもっと聴きたいから、また二人でやろうよ!って言えばいいのに。
察しの良い喬太郎師匠は、期待通り舞台袖に現れて「あにさん、さよなら」(笑)
一秒半ぐらい絶句した談春師匠は、気を取り直して落語へ入っていきました。
三枚起請という噺は、騙した喜瀬川花魁にも、騙された三人の男たちにも加担しないで語らないといけない噺なのではと聴いてて思いました。まったく第三者の立場でこういう間抜けな事があったんですよ、可笑しいですねという空気で終わらせないとなんか嫌な気分になっちゃう。談春師匠のは、微妙にこの滑稽噺を深刻な空気に変えてしまう気がする。喜瀬川がいかにも手練手管を駆使してるとうのがリアルに分かっちゃう空気がよくないのかも。喜瀬川が3人の男と同等に間抜けだったらいいのかもしれない。
「こんな家業だ、ゆっくり朝寝がしたいんだよ」とさげてそのまま幕でした。ビッグな二人会にしてはあまりにあっけない終わり方でした。いかにも民音がやりそうな二人会でした。民音からしたら、たとえば歌丸・小朝二人会を開いたのと同じ感覚なわけで、客は誰も二人のトークなんて期待しない。だから今回も事前にお願いすることなんかしないのです。民音が儲かりたいから会をしたのであって、落語ファンのことを考えたわけじゃないんですな。事前に頼まれてないことを二人は勝手にやる事は出来ませんから、ただ一席ずつ落語をやって終わらざるを得ないのです。もしこれが談志・志ん朝の二人会とかなら、ぜったり落語で激しい火花を散らすでしょうが、談春・喬太郎の場合は、特に喬太郎師が誰かとライバルになるという図式を嫌がっているように見えるので、主催者がちゃんとセッティングしないとつまらないことになるんでしょう。喬太郎師匠は、個人的には仲良しなんでしょうが、対外的には立川流とは必要以上に近づかないようにしているように見えるのは邪推ですかね?
現代は、ただ落語家を出せば客は満足するという時代ではないということを早く大手プロモーターも気付いてほしいなあ。
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コメント
全く仰せの通りです
でも喬太郎はあんまり好きじゃねえんです
隣の電気屋の親父に似ているのだなあ・・・・
さん弥さんはどっかいってほしいな
投稿: jun | 2009年6月18日 (木) 13時32分
この会は他のマイミクさんたちもあまり良いことを書いていませんでしたね~。
僕は行ってないので想像するしかないのですが。
ちなみにさん弥さんについては、
全く受け付けないかハマッて大ファンになるかの両極端しかないような印象を受けます(笑)。
僕は大ファンなので(同郷でもあります)、
逆にさん弥さんが本寸法の古典落語をやったら、
肩透かしにあったようでかえって満足できないかもしれません(笑)。
頑馬さま
コメントありがとうございます。反対のことを書いてしまって面目ありません。こればっかりは好みなのでご容赦ください。
前座の時にはもうちょっと普通だった気がしますが、今はあざとさばかりが目に付く気がします。それのせいで落語の登場人物がみんなあざとい人に見えてきて、ちがうな~と思うのです。本寸法であっても、うまい人は十分個性的ですからね。
投稿: 有賀亭 頑馬 | 2009年6月19日 (金) 02時10分
こんにちわ。
この会に感じたことを代弁していただいたようです。
すっきりしました(笑)。
今回聞けなかった喬太郎さんの古典を、どこかでしっかり聞こうと思います。新作は、どうも日芸臭く(?)て私はあまりいいと思いません。上手ですけれど落語でなくてもいいでしょう、という気になります。
ここでおっしゃるように、落語は、プロデュースというのがあまりうまくいかない業界(?)のようで、考えてみれば寄席がありますものね。発展途上なのはそのせいでしょうか。独演会はともかく、その他は企画が甘いと感じることが多いですが、落語家さんも(他ジャンルにくらべて)プロデュースには不慣れな気もします。
桃太郎さんの批評眼のことも面白く拝見しました。
落語もトークもあまり好きではないので避けていたのですが、ゲストで出ているときは面白い話が聞けそうです。
かものはしさま
ご覧いただきありがとうございます!
落語家というのは元来ピン芸人ですから、上手くいかない時はこうなっちゃうんですかねえ。寄席では今席亭が強すぎて芸人が言いたいことをいえない状況でそういうのに慣れちゃった芸人はプロデュース能力を失ってしまったともいえるのでしょうね。そこに否を唱えているのが立川流なんでしょう。しかし今回、談春師は何かやりたげだったのですが喬太郎師がそれに答えなかったという空気が見え、芸人同士の心の闇を感じたのでございます。
投稿: かものはし | 2009年6月23日 (火) 09時14分