大銀座落語祭は、最終的に5万人近く(実際はこれの三分の一だと思う。)を動員し一応の成果を挙げて終了しました。好きな落語家を安く見れるというので足しげく通った人と、なんか胡散臭い、チケット取れない、小朝嫌い、落語は寄席で良いとさまざまな理由でぜんぜん行かなかった人と二分されたようですね。私も小朝の仕掛けにむざむざ乗るのはと思いつつ・・・行っていました。裏にどんな思惑があったとしても、普段見られない芸人を見ることが出来るというのではればとりあえずは行くべきでしょう。いかにも客寄せパンダ的な番組もありますが、中には聴いておくべきものもありました。一概に嫌わず、そこを自分で目利きする楽しみもあるわけです。
東京の落語家は、見ていると小朝の趣旨に賛同して出ましょうというのではなく、仕事があれば行きましょうという位のスタンスの人が多かった気がします。確かに顔見世興行的な役割があり、気に入ったらその後独演会や寄席に来てほしいということでありましょう。しかし、露骨に、「仕事だから来たけど、別に祭はどうでもいいです。」という匂いぷんぷんの芸人を見るとちょっと興ざめでした。ディズニーランドに行ったのに、別にミッキーなんて鼠だしねと従業員に言われちゃったら、普段ミッキーなんて好きでもない私でもおいおいって思いますよ。芸人はどこかの団体にみな所属していますが、基本的にはみんな個人個人で活動している人たちなので、よほどのカリスマ的な存在でもなければ一致団結はしないんだろうな、小朝はそこらへんが弱すぎるよねというのが感想でした。
芸人たちはまとまるもんじゃないし、既成の団体の後押しを受けていない興行なので祭なのにばらばら感が最後まで目に付いていたのはしょうがないでしょう。でも、六人の会がちゃんと客からアンケートを取って改善に結びつけたり、客の希望を聞いた上の番組を組んだり、参加芸人からもさまざまな意見を聞いたりしていたら、もっと盛り上がって落語界が強固なものになったんじゃないかと思ったりしております。何でそう思うのかというと、六人の会の主催する興行ではアンケートがまったくないからです。住所を書けば次の公演の案内が来るという用紙はもらえますが、あくまで住所を書くのであってアンケートとは書いていませんから、そこに意見を書いたとしても小朝までエスカレーションされるかというと無いでしょう。いうなればコース料理しか出さない店みたいなものです。なぜアンケートを作らないのか、それは意見を聞くつもりがないからですよね。お客のことを思うなら、手ごたえとか反響が気になるはずじゃないですか。ちゃんとしたシェフは客席に来て感想を聞きに来てますよ。
料理に絶対的な自信があって、素材選びも厳選するとコース料理しか出せないという店はあります。しかし、お客あっての落語会において客の意見、出る芸人の意見をまったく聞かないでというのはどうなんでしょうか?何で聞かないのか?これは私の邪推ですが、小朝の中では、愚かな客と芸人とマスコミに何か啓蒙したいからこれらのプロジェクトを起こしているつもりなのではないかということです。芸の分からない客に、俺の警鐘に耳を傾けない芸人に、正しいことを伝えない報道に対して、落語は面白いのだ!というのを彼なりに示したかったのでしょうな。しかし、どこの世界でも愚か者ばかりではないのだからちゃんとした意見は聞くべきなのに、自分の奢りか他者への不信のせいかは知りませんが、最後まで自分の考えだけで突っ張りました。確かにこれだけの人気芸人を揃えた会をやったら、何もしなくたってとりあえず客は来ます。それで五年間したいことはしたから終了、という終わり方に、最後まで小朝からの一方的なメッセージを見ていただけの祭りだったのかというつまらない感慨で私の戯言は終わらせていただきます。
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